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構成作家・矢野了平が語るテレビとクイズ(全4回)
第2回 『原点は、夜中の会議室』


 

── 大学卒業後、構成作家としての活動をスタートした矢野さんですが、“3年間の修行時代”はどのような業務に携わっていたんですか?

『高校生クイズ』の問題作成のアルバイトから入ったのですが、うちの事務所が問題の全てを賄っていることもあって「社をあげた仕事だからそれはやれ」と言われていました。入社した春から秋まで、ほぼ半年間に渡って、その仕事にかかりっきりでしたね。

ようやく9月に終わると、そこからは事務所の先輩に付いてラジオ仕事のアシスタントとか情報番組のネタ出しとかをしていました。あと、たしか文化放送の吉田照美さんの番組だったかな。それのリサーチもしていました。先輩から「飛行機のビジネスクラスの事情を調べてこい」って言われて、そのお題に関する情報をバーっと調べて資料として提出するような仕事内容でしたね。

── いろいろな業務に携わっていたんですね。

はい、同時進行で。先輩に付いてという形式でしたけど。でも、中には全然関心がないジャンルもあるわけですよ。ある先輩が箱根駅伝の中継に立ち会っていたんですけど、年末になるとナレーション書きを手伝ったりとかして。

── ということは、箱根駅伝に関心がないと(笑)

まったく、観たこともなかったですね(笑)

── 様々な番組に関わった経験を経て、現在、矢野さんは責任ある立場で活躍されています。具体的にどのようなステップを踏んで、いまに至られたのでしょうか?

キャリアに関しては人によってバラバラだと思うので、あくまで僕の例としてお話しますね。僕の場合は、やっぱり最初はリサーチやネタ出しが中心でした。情報の調査や、探し出してくるという業務をがっつりしていました。

僕の場合、それがだいたい2年以上続いていたかな。その中で転機になったのが『トリビアの泉』に関わったことでした。番組がゴールデンタイムになったタイミングでメンバー増やすことになって、僕がリサーチャーとして入ったんです。トリビアなネタのリサーチをするわけなんですが、まぁ調べればだいたいガセネタで(笑)

── 『トリビアの泉』は、当時大人気でしたよね。

そうですね、話題でしたよね。ここにいる皆さんの中で、ご覧になっていた方はいらっしゃいますか?

(イベント参加者のほとんどが手を挙げる)

だいたい皆さんそうですね。『トリビアの泉』ってCMに入る前に「この後は、何とか〜」みたいな、次のネタにひっかけて“洒落たフレーズ”を入れるのが決まりだったんです。ある時、「高木ブーはクレー射撃の名人」というネタがあって、ブーさんがクレー射撃をしている映像からCMに入るわけなんですが、その“洒落たフレーズ”がなかなか浮かばなかったんです。深夜だし、終わりは見えないし、眠いし、みんな早く帰りたいのに(笑)

その時、僕の頭の中にクレー射撃と高木ブーに絡んだ言葉が浮かんだんですが、リサーチャーの立場で発言して良いものか30分ぐらい悩んだんですね。でも意を決し「すいません!」って手を挙げて、「この後、ブーがババンババンバンバン」っていうのはどうでしょうかって。

─── ああ!すごい!

そうしたら、停滞していた会議が動き出して(笑)「これはやったぞ!」って思いました。それからしばらくして、また同じような状況になったんですよ。「『ベルサイユのばら』の時代のパリの街はウンコだらけ」っていうネタだったんですけど(笑)VTRの締めのナレーションがなかなか浮かばなくて。

で、その時も勇気を出して「花の都パリは、鼻が曲がる都だった」って言ったら、それで行こうみたいな反応で、また会議が動き出したんです。よかったよかったと思っていたら、その翌週から企画のアイデアを出す、構成作家としての初めての仕事を振られたんです。

── 矢野さんの構成作家としての第一歩が始まったんですね!

はい。ただ、リサーチャーも兼ねていたので仕事量が膨大になってしまって。そのうちネタ出しだけでOKということになりました。リサーチャーと切り離されてからは、本格的に構成作家の仕事が始まりました。そこから『トリビアの泉』の構成作家として、僕の名前が入るようになったんです。

だから、僕の構成作家としての原点は夜中の会議室。“ステップアップ”というものがはっきりとわかった出来事だったと思います。

さらに、ちょうどタイミングよくダウンタウンの新番組が始まったんです。『考えるヒト』というフジテレビの深夜枠で、ダウンタウンの松本さんをはじめ、8人の芸能人が公募に応募するという内容で。例えば、どこどこの市町村が川柳を募集しているという“お題”があったら、その川柳を真剣に考えて、ハガキに書いて投函するんです。放送1回につきお題は5つなんですが、収録は2本録りなので毎回10案を考えなければいけないんですね。さらに、ゲスト出演者に向けて、それぞれの例題も10パターンくらい用意するわけです。松本さんは自分で考えるので、それ以外の7人分×10パターンで70個。それが10案ですから、毎回大喜利の答えを700個用意しなければいけなかったんです。

── それは大変な作業ですね……。

あれには鍛えられましたね。しかも、ゲストは老若男女を揃えなければいけないという番組ルールがあったんですよ。だから、その700個も男の子目線だったり、中年女性目線だったり、いろいろな人物の思考パターンを想定しないといけなかったので大変でした。でもそれが「構成作家の仕事をしているんだ」っていう実感にはなりましたね。

── ところで、趣味のクイズが仕事に役立った経験はありましたか?

僕の場合、“入り口がクイズ”というパターンがけっこう多いんですよ。例えば、現在放送中の『水曜日のダウンタウン』でも構成作家の仕事をやらせていただいているんですけど、その前にあった『クイズ☆タレント名鑑』という番組から関わっているんです。

なぜそこに僕が携わったかというと、もともとクイズ主体の番組だったから、「クイズに詳しいヤツが1人くらい必要だろう」っていう理由で入ったんです。その結果、クイズとは全然関係ないことを考えているという(笑)

最初は芸能人にまつわるクイズ番組と聞かされていて、企画書には「芸能人同士を比べてどっちが若いか」みたいなことが書いてあったんですよ。でも本当にやりたい企画は「どっちが存命で、どっちが死んでいるか」とか「捕まっているのはどちらか」みたいな(笑)早々にそんなきわどい企画を考えるようになりました。そんな感じで、入り口はクイズだったけど、そこからいろいろなバラエティの仕事につながっていきました。

── 構成作家として力量を発揮する矢野さんに対して、周りからの期待の声も高いと思うのですが、それに応えるために何か努力されていることはありますか?

そうですね。声をかけてもらったということは、“その時の、そのままの自分”を求められているということだから、変に力を入れずいつも通りにやれば、だいたいのリクエストに応えられるんじゃないかなって思います。もちろん、手を抜くという意味ではないですよ。

ちなみに、僕はスポーツが全然分からなくて、「なんで野球って9回までやらなきゃいけないんだろう」というレベルなんですけど(笑)でもそんな僕に、ワールドカップの開幕直前生放送スペシャルの仕事の依頼が来たんです。「本当にサッカーのこと知りませんよ、イニエスタも最近知ったくらいなんですよ」って制作サイドに言ったんですけど、とりあえずサッカーの部分は他に詳しいスタッフさんがいるから、スタジオ展開を僕にやって欲しいという話でした。

先方のリクエストとしては、サッカーの知識はいらないから、出演者のキャラクター性を際立たせるような構成をお願いしたいと。生放送なので構成がちゃんとしていないと怖いから、という理由があったんですね。なので、その言葉通りにまったくサッカーの勉強をせずに臨みました(笑) これは一例ですけど、自分が求められた範囲で、自分通りの仕事をきちんと行えば、要望に応えられているのだと思います。

もちろん、下積みの頃は違いますよ。その頃は仕事を振る側もそこまで複雑なことを求めているわけじゃないから、一生懸命がんばることが大事。振られたことをしっかりやり遂げることが重要です。

── なるほど!すごくためになります。さて、これまでに様々な番組名が出てきましたが、一番印象に残ってる番組は何ですか?

やっぱり『トリビアの泉』は大きかったです。先ほどお話したように、自分の中での転機となった番組ですし、バラエティであれだけの視聴率を取れた番組って、それ以降はあまり無いんじゃないかなぁ。その当時のスタッフの若さと、熱意と、勢いみたいなものがすごかったんでしょうね。

僕は、水戸納豆の早食い世界大会で9位になったことがあるんですけれども……あっ、突然すみません(笑)

── ええっ!?

それに参加したのも、水戸納豆の早食い世界大会があるっていうトリビアネタのおかげなんです。番組スタッフが参加したというVTRを用意するために、40人くらいのスタッフが集まる会議中に、しかも夜中にですよ、「予選をここで行います」ということになって(笑)大会の参加者数は100人なんですけど、「そのうちの5枠を押さえました。その5人を今から決めます!」って言われました(笑)その結果、僕は予選を通ってしまったんです。

── すごい!って、言ったらいいのかどうか……。

で、その大会が翌日で(笑)早朝8時にロケバスが迎えに来まして、会場のある水戸まで行きました。ラスト10人の決勝戦までは残ったんですが、結局9位という結果でした。負けた時に「粘りが足りませんでした」と言えと(笑)そこだけ台本があったんですよ。

でも、それが面白いもので、未だに同窓会とかに出ると「矢野ちゃん、納豆食べてたよね」って言われるんですよ(笑)皆の中ですごい印象に残ってるみたいなんですよね。それに、僕の名前を検索すると、そのシーンがYouTubeに出てくるみたいで(笑)他にもいろいろなロケが印象に残っているんですけど、そういった意味でも『トリビアの泉』は自分の中で大きな存在です。
>>>次回は、クイズというツールが今後のTV業界でどう活きるのか。矢野さんが目指す“理想のクイズ番組”について伺います。

取材協力:栗林拓司
掲載日時:2019/01/24 11:00